欧州の政府債務危機が露わにした私たちの国の課題は、近代を脱することと近代に達することという相矛盾
する目標に同時並行的に向かわなければならないということだ。近代を脱することは日本に限らず世界の先進国がすべて当面している課題であり、それはグローバル化する経済に右往左往する国民国家の現状が突きつけているものだ。一方、近代に達することはアメリカと官僚に支配される日本固有の政治の現状が突きつけている課題にほかならない。この矛盾する両課題を解決に導くカギがあるすれば、憲法9条以外にないように思える。
近代の世界システムを構成する国民国家の主要な機能のひとつは戦争をすることであり、そのために諸国家は軍備を整えることに精を出してきた。憲法9条はそれを否定するものであり、近代のシステムを超える理念を含んでいる。一方でこの非戦条項はアメリカが近代の論理によって日本に押しつけたものでもある。国民国家は自国の軍備を強化する一方で他国の弱体化を絶えず狙っている。9条を押しつけたアメリカの狙いも同じだった。その結果、私たちの国はアメリカの軍事的、政治的な属国となり、そのアメリカを力の源泉とする官僚の支配する国となった。完全な独立国でもなければ完全な民主主義国でもない国、言い換えればいまだ近代に達していない国となったのだ。
この半端さを始末するために、憲法を変えて国軍を持つべきだという主張が根強くある。これは敗戦までの私たちの国が歩んできた近代化の道を形を変えて反復することを意味する。近代を超えなければならない時にそれをするのは歴史をあと戻りさせることにほかならない。それを避けながら近代に達するとしたら、軍事抜きで独立と民主主義を目指すほかない。それは同時に9条のもつ超近代性を現実化していく道でもある。荒唐無稽なことに見えるかもしれないが、民主党が政権交代時に掲げた対等な日米同盟や脱官僚依存はその具体的な一歩でもあったはずだ。
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ブックカフェ奥出雲
2011.11.19sat−11.20sun
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